ヨウゲンイン

養源院

再興の際に天井に上げられた血天井は一見の価値有!
寺院
  • 仏教寺院
エリア
京都府京都市東山区
最寄り駅
京阪本線 七条駅 徒歩10分
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関ヶ原の戦いの前哨戦ともいわれる伏見城攻防戦で、鳥居元忠以下1000人余りが伏見城を死守し、最後に自刃した廊下の板の間を供養の為に天井としたもので御座いますが、武将達の遺体は残暑の残る8月から9月中旬まで放置されていたと言われており、その為今も生々しい血の痕があちこちに残っております。同じ血天井は、当院の他『宝泉院』『正伝寺』『源光庵』にも御座いますが、生々しさでは当院が一番といわれております。
メッセージ
文禄3年(1594年)に豊臣秀吉の側室にあった淀殿が、父・浅井長政の供養のために秀吉に願って成伯法印(長政の従弟で比叡山の僧)を開山として創建。その後、元和5年(1619年)、火災により焼失したが、元和7年(1621年)、徳川秀忠の正室にあった崇源院(江)の願により再興された。以後、徳川家の菩提所となった。本堂は、元和5年(1619年)に破却された秀吉の伏見城の殿舎を移築したものとされる。左右と正面の廊下の天井は※血天井として知られる。
■拝観料金 500円

養源院の基本情報

スポット名 養源院
TEL 075-561-3887
住所 〒605-0941
京都府京都市東山区三十三間堂廻り町656
営業日
拝観時間:
9:00~16:00
休館日:
1・5・9月の各21日の午後・大晦日
駐車場 なし
備考 文禄3年(1594年)に豊臣秀吉の側室にあった淀殿が、父・浅井長政の供養のために秀吉に願って成伯法印(長政の従弟で比叡山の僧)を開山として創建。その後、元和5年(1619年)、火災により焼失したが、元和7年(1621年)、徳川秀忠の正室にあった崇源院(江)の願により再興された。以後、徳川家の菩提所となった。本堂は、元和5年(1619年)に破却された秀吉の伏見城の殿舎を移築したものとされる。左右と正面の廊下の天井は※血天井として知られる。
■拝観料金 500円【襖絵と杉戸絵】
俵屋宗達作の(重要文化財)があり、これも伏見城で自刃した将兵の霊を供養するために描かれたものと伝えられており、杉戸の象や唐獅子や麒麟などを図案化した構図は、表現の奇抜さでも知られている。
【重要文化財】
金地着色松図(襖8面、戸襖4面)12面、俵屋宗達筆
着色杉戸絵(表獅子・裏波に麒麟図、表獅子・裏白象図)4枚(8面)、俵屋宗達筆

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