ナゴヤトウショウグウ
名古屋東照宮
ご利益:出世開運・商売繁盛・厄除・学業成就・勝負運・金運・縁結び
神社
- 神社
- エリア
- 愛知県名古屋市中区
- 最寄り駅
-
桜通線 丸の内駅 4番出口から北へ徒歩5分
鶴舞線 丸の内駅 1番出口から東に徒歩3分
名古屋東照宮に行く前にチェック!
由 緒
当宮に奉斎する家康公は1600年関ヶ原の戦いに於いて、豊臣方石田三成を破り天下統一を果たした折り、
まだ力衰えぬ豊臣に相対すため清州より東にして君主であった織田信長公の居城、
那古屋城跡地に名古屋城を築き、清州の町民を町ごと移り住まわす「清州越」にて短い期間で名古屋の城下町を開いた。
尾張徳川家中興の祖にして、
名古屋の地を開き、城を築いて第九子義直公(尾張藩祖)を以て始めて居城せしめられ、
名古屋開府の祖神にして名古屋の総守護神であり恩神でもあります。
家康公逝去後三年、即ち元和五年(1619)九月十七日に
義直公は日光山鎮座の式に準じて、城郭内の三之丸に社殿を創建し
天台宗尊寿院並びに神主吉見公和氏を以て、奉斎せられ社領一千石を附せられたが、
廃藩と共に廃せられる。
明治五年五月村社に列せられ、同年八月八日縣社に昇格、
明治九年十月舊藩立校明倫堂跡地即ち現在地に遷座される。
元の場所は、現在の名古屋城三之丸にある金シャチ横丁の場所に当たります
建物は、創建以来の権現造の本殿、渡殿、楼門、唐門、透塀、楽所、社務所等
極彩色の国宝の諸建造物が並び輪郭の美を極めていたが、
戦災を被り烏有に帰す。
現在の本殿、唐門、透塀は、昭和二十八年十月尾張徳川家より
藩祖義直公の正室高原院殿(春姫)の霊廟〔慶安四年(1651)建立〕を移築し
社殿とする。
昭和三十五年に愛知県重要文化財に指定される。
まだ力衰えぬ豊臣に相対すため清州より東にして君主であった織田信長公の居城、
那古屋城跡地に名古屋城を築き、清州の町民を町ごと移り住まわす「清州越」にて短い期間で名古屋の城下町を開いた。
尾張徳川家中興の祖にして、
名古屋の地を開き、城を築いて第九子義直公(尾張藩祖)を以て始めて居城せしめられ、
名古屋開府の祖神にして名古屋の総守護神であり恩神でもあります。
家康公逝去後三年、即ち元和五年(1619)九月十七日に
義直公は日光山鎮座の式に準じて、城郭内の三之丸に社殿を創建し
天台宗尊寿院並びに神主吉見公和氏を以て、奉斎せられ社領一千石を附せられたが、
廃藩と共に廃せられる。
明治五年五月村社に列せられ、同年八月八日縣社に昇格、
明治九年十月舊藩立校明倫堂跡地即ち現在地に遷座される。
元の場所は、現在の名古屋城三之丸にある金シャチ横丁の場所に当たります
建物は、創建以来の権現造の本殿、渡殿、楼門、唐門、透塀、楽所、社務所等
極彩色の国宝の諸建造物が並び輪郭の美を極めていたが、
戦災を被り烏有に帰す。
現在の本殿、唐門、透塀は、昭和二十八年十月尾張徳川家より
藩祖義直公の正室高原院殿(春姫)の霊廟〔慶安四年(1651)建立〕を移築し
社殿とする。
昭和三十五年に愛知県重要文化財に指定される。
名古屋東照宮の基本情報
| スポット名 | 名古屋東照宮 |
|---|---|
| TEL | 052-231-4010 |
| 住所 |
〒460-0002 愛知県名古屋市中区丸の内2-3-37 |
| 営業日 |
|
| HP | https://nagoyatoshogu.com/index.html |
