イセヤマコウタイジングウ

伊勢山皇大神宮

横濱総鎮守
神社
  • 神社
エリア
神奈川県横浜市西区
最寄り駅
JR桜木町駅 北改札口から徒歩10分
京急本線 日ノ出町駅 出口から徒歩10分
横浜市営地下鉄ブルーライン桜木町駅 南1口から徒歩10分
みなとみらい線みなとみらい駅 出口から徒歩15分
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横濱総鎮守  横浜市民と港の守り神
◇由緒
 幕末の黒船来航により、横浜は国際港として日本の貿易、外交の中心地となります。更に大政奉還により明治の御代となると文明開化の先駆けとなる近代都市が形成されていきました。
 
 当時の横浜は、日本各地から人々が移住してきた事から、住民同士のつながりが希薄であり、また海外から新たな文化・価値観が次々と流入してくる為に、少なからず社会に混乱が生じていました。
 
 時の県知事・井関盛艮は、住民に「横浜市民」としての自覚と一体感を持たせる為には象徴となるものが、また社会を安定させる為には心の拠り所となるものが必要であると考えました。そしてその二つを満たすものとして、港と横浜中心部を見下ろす丘の上に、日本国民の総氏神である伊勢神宮の御祭神・天照大御神さまをお祀りしたいと政府に願い出たのです。
 
 こうして明治三年に公費を基に伊勢山皇大神宮は建立されました。創建のお祭りは横浜市の祝日となり、全市を挙げた祝賀が繰り広げられました。ここに横濱総鎮守の下、晴れて人々は「横浜市民」となったのです。
 
 また、横浜を訪れる外国の人々にとって、港や居留地から見上げる丘の上の鳥居や神殿の姿は、オリエンタルな魅力に満ちていました。伊勢山皇大神宮は、たちまち多くの外国人が立ち寄る観光名所となったのでした。境内は、参拝の日本人と観光の外国人で常に賑わっていたといいます。高名な絵師である歌川広重(安藤広重)は錦絵にその様子を描いています。
 
 伊勢山皇大神宮は、神奈川県の宗社(神奈川県全体の祭祀の中心)と定められ、県知事以下の役人や、貿易を支える商人たちからも崇敬を集めました。昭和三年に神奈川県庁本庁舎(登録有形文化財)通称キングの塔が完成すると、その塔の最上階に伊勢山皇大神宮の御分霊がお祀りされ、毎月祭典が奉仕されたのです。

 かつて明治の初期には、境内に隣接し皇室の御用邸である「伊勢山離宮」が存在しました。記録によれば、明治天皇は度々こちらにお立ち寄りになり、また御宿泊された事もありました。この離宮は港に近い事から、迎賓館としても使用され、ハワイ王国のカラカウア王や、オスマントルコ帝国の親善使節も滞在しています。
 
◇御祭神
 天照大御神 皇室の御先祖にあたり、神々の世界「高天原」を治める女神様です。その御神徳は、すなわち太陽そのものであり、その輝きで万物に恵みを与えて下さる、命の根源とも呼べる存在です。
 
 子之大神(大国主命) 「だいこくさま」のお名前で呼ばれる事も多い、国土開発・商売繁盛の御神徳も名高い福の神様です。野毛や桜木町一帯の氏神様となります。

 姥大神 かつて埋め立てが進む前に、現在の桜木町駅の辺りの海に顔を出していた姥岩にお鎮まりになっていた神様です。室町時代の初めに鎌倉で非業の最期を遂げられた盛良親王の、その乳母が神として祀られました。安産と子育ての御神徳で知られています。  

◇社殿
 御社殿は神明檜造(しんめいひのきづくり)で、伊勢の神宮に倣って太古の掘立造の面影を残し、屋根の千木(ちぎ)と鰹木(かつおぎ)を特徴としています。創建当時の社殿は関東大震災の災禍を蒙り、現在の社殿は昭和三年に復旧建造されたものです。
 伊勢山皇大神宮は平成三十二年に創建150年を迎えますが、その奉祝として、伊勢の神宮より先の遷宮で解体された旧社殿を賜ることとなりました。近く、伊勢山の丘の上に伊勢神宮の荘厳な姿が再現される事になります。
 

伊勢山皇大神宮の基本情報

スポット名 伊勢山皇大神宮
TEL 045-241-1122
FAX 045-242-7766
住所 〒220-0031
神奈川県横浜市西区宮崎町64
営業日
拝観時間:
6:00~20:00(閉門)
年中無休:
-
HP http://www.iseyama.jp
駐車場 あり ※正月三が日は閉鎖 1/4が日曜日の場合も閉鎖
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